上級の話 〜斎藤一人100回聞きシリーズ04〜

純粋なひとりさんファンのYoutube備忘録です。

※斎藤 一人(さいとう ひとり、1948年8月3日)は、健康食品を扱う「銀座まるかん」の創業者。累計納税額日本一の実業家であり、人生訓・自己啓発に関する書籍を多く出版している。

 

人は『困らない』

例えば、競馬をする人がいる。

博打をしない人は「あんた、競馬なんかやってたら困るよ」って言うんだけど、意外と困らないで競馬やなんかやって一生を生きているようなお爺さんは多い。

 

子供に勉強しなさいとか言っても、意外としない子が多いんだけど、大概は困らない。

トビの仕事をやったり、大工さんをやったりして必要な勉強だけで済んじゃって、方程式とか英語とかは使わない。

 

本当に勉強しなくちゃいけない困った事が出てきた時が、その人が勉強をする時。

お金にだらしない人とかいるけど、だらしなくしている時は別に困ってない。

それで、お金に困る時が出てくる。

 

人は、お金に困った時、落ちぶれた時、お金の尊さを知る。

その前は、「俺はお金より友情を大切にする」とか言ってる。

友情は大切なものだけど、いちいちお金と比較するべきものじゃない。

じゃ、お金があったら友情ってできないんですか、って言うとそんなことはない。

そうすると、友情も大切だけど、お金って尊いねとなる。

 

人はいい事を聞いて、いい事を学ぶ。

学ぶことって困ることでもなんでもない。

だから、人は困っているんじゃなくて、学んでいる。

 

 

困っている時が学ぶ時 

一本の木があって、日照りが続くとする。

そうすると、木は根の傍にある水分を全部吸ってしまう。

それで、吸った水分だけじゃ足りなくなって一生懸命に根を張る。

1センチでも1ミリでも根を伸ばすと、その先から水分を吸う

そこも無くなっちゃうと、また、また、って根を伸ばす。

根はしっかり伸びているから嵐が来ても、何が来ても倒れない。

 

雨が沢山降っていると、木のすぐ下から水分を吸って、葉は茂り、枝も栄えて、立派な木になれる。

だけど、肝心の根が張ってないから、嵐が来たりすると、そんな大きな木がばたばたと倒れる。

 

バブルの時にできた会社が、なんでこんなに簡単に倒れちゃうのかって言うと、苦しさの中に根を張ることをしなかったから。

 

 

人と自分の苦しみは違う

人は、こういうのが辛い、ああいうのが辛いって言うけれど、本当はそんなに辛くない。

 

よく、子供の家庭内暴力がある。

親は「この子がアトピーだったから」とか、「この子が喘息だったから」とか、「この子は小さい時にお父さんに死なれて可哀想そうだから」って言って、殴られている。

その程度に自分を慰めて、殴られていられるような人は、そんなに殴られることが嫌じゃない。

本当に嫌になったら、人はそこから出て行ってしまう。

 

子どもたちは置いてかれた時、親に産んでもらった事、ご飯を食べさせてもらっていた事を知る。

自分一人じゃ殴る相手もいないし、ご飯を食べさせてくれる相手もいないと実感する。

親も子も、そんなに苦しんでいないから、まだ勉強の時が来ていない。

 

人は色んな人がいるから、自分の感覚で判断してはいけない。

 

 

気を揉むより心を配る 

お店にお客さん来ないんですよって、それなら、今まで来てくれた人にお手紙を出す。

この前買って頂いて、調子はいかかがですか?と相手に聞く。

それを心を配るという。

あっちこっちに心を配ってあげる。

 

ガラスを磨くとか、電話かけるとか、お客さんにご機嫌伺いのハガキ出すとか。

今日は暇だから、そういうことができる。

いいことをする。

いいことをするっていうのはいい種を世間に蒔いているということ。

心を配るっていうのは、いい種を蒔くこと。

 

いい種を蒔いてたら、それが実ってきて、みんな返ってくる。

逆に、お客さん来ないわねってその暇な時間、心を揉む人がいる。

いい種でも、その種を手で揉んでいると、種はみんな崩れる。

崩れたら、もう芽が出ない。

だから、心は揉んではだめ。

 

気を揉むより、心を配るようにすればいいんだ、って。

こんなこともひとつの勉強。

そうやって、勉強していく。

 

 

自分の機嫌は自分で取る

身体の具合の悪い人、人生が上手くいかない人は、

人の機嫌をとっていないか?

 

相手は相手の都合で機嫌が悪い。

ものすごい台風が来ても、所詮、一過性のもの。

たかだか、一日か二日なんかの都合でああなっている。

それよりも、そんなことに心を惑わされないこと。

 

他にも、不況だとか、身内が病気になったとか、何だとか。

それでも、自分の機嫌をとる。

自分がいつもニコニコ明るくしている。

そういう人が人を救う。

悪い方に自分を合わせちゃいけない。

 

だけど、これは機嫌がいいという根がしっかり張っていないといけない。

でないと、ちょっと機嫌の悪い人がいただけで、どうしたのって機嫌を取ってしまう。

そのうち機嫌を取ってる自分まで機嫌が悪くなってくる。

それをみんな繰り返している。

 

だから、お互いに自分の機嫌を取る。

嫌な気分になりそうな時は、余計に自分の機嫌を取る。 

お天気屋さんで気分のいい時、気分の悪い時に如実に顔に現す人、それが迷惑をかけている。

で、そういう人がいても絶対、嫌な人ね~とか、ああいう人に会うと気分悪くなっちゃう、とか言わずにただひたすら自分の機嫌をとる。

 

向こうは向こうのご都合で気分が悪い。

こっちはこっちの都合で気分がいい。

どんなことがあっても、自分は「ハッピーだね!」とか「ツイてるね!」と言っておく。

 

人は傍から見ていると、口を挟みたくなる。

「あの人ナニナニで困ってるのよ」「あの人ナニナニなのよ」

見ている分には苦しくないから、私だったらこうするのにと思う。

悩んでるから解決してあげたいと思う。

違う、悩み方が少ないから解決していないだけ。

 

もっと悩んで、もっと我慢できない所までいったら、人は必ず学び出す。

学びが半端だから苦しんでいる。

  

それを上機嫌で見守ってあげる。

ハッピーな気持ちで見守ってあげる。

それを愛情という。

 

 

「ツイてる!」という言葉は心の燃料 

お金って、洋服買ったら洋服代、八百屋さん行ったら野菜代になる。

でも、お金には〇〇代なんて書いてない。

お金は一つのお金。

だから、お金持ちになると、色んなものを買える。

お金持ちになれば、あっちにもこっちにもお金が払える。

 

それと同じように心に愛情というものがいっぱいあれば、あの人にもこの人にも愛情を渡せる。

色んな人に愛を渡せる。

いつも人様に笑顔でいられる。

それは上機嫌が貯まっているから。

 

こっちにはいい顔をして、あっちにはブスッとしているのは、愛情が無いから。

無いから出せない。

なぜ無いかというと、人の機嫌ばっかり取って、自分の機嫌を取らないから。

 

しっかり自分の機嫌を取っていれば、心にどんどん貯まっていく。

貯まったものが溢れ出ると、笑顔になる。

それが、周りの波、風、嵐、そんなものに吹き飛ばされない不滅の魂、不滅の光になる。

 

でも、その燃料が要る。

ロウソクだろうが、油だろうが、燃し続けるためには燃料が要る。

心の燃料が「ツイてる!ツイてる!」という言葉。